ヤンチャ。
若かりし日の母、ラスト。
かなりのヤンチャ。
写真の中にいた
若かりし日の母たちは
"私が知っている母" ではなくて
私は 写真の中の母 の方が
なんだか、正直、好きで
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どうして
このまま生きなかったの??
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と聞いてみた
.
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身の丈を知ったから。
お父さんと結婚して満足したから。
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私と母との違いはここだなと改めて感じた
私も私なりに身の丈は知っているつもり。
旦那さんに満足してないわけじゃない。
しかし
私は人に "私の満足" は委ねられない
満足を委ねた時期もあったからこそ
委ねるべきではないと考えてる
もちろん
いろんな意味で一人では生きていけないし
感謝もしてる
でも、なにか違う。
.
19歳の時、父が亡くなり
この "母の満足".は、全て私に降りかかってきた
重かった……非常に重かった
だからこそ娘には
■あなたはあなた。
■私は私。
と言い続けてきた
.
旦那さんにも、娘にも
満足はもちろん
悦び や 幸せ を委ねきることはしない。
共に喜ぶし
共鳴もする
でも委ねはしない。
.
私、頑固なのかな……
でも
誰かになんとかしてもらおうという思考は
避けたいとも思う
私は死ぬまで
私なりに ヤンチャ でいたい。